年老いた友人ジェイが高齢者施設に入居するまでの経緯(1)

ジェイ、85歳

 我が家の古くからの友人である。

一生独身を通し、現在でも1人で見晴らしの良いアパートに住む。なかなかの社交家で友人には事欠かない人物である。自分からリーダーシップをとって仲間作りをするというタイプではなく、気がついたらいつも輪にいるというタイプで、人が集まるところには頻繁に顔を出す人である。イギリス籍であり、アメリカ、オーストラリアの大学や研究機関を渡り歩き、40歳を前にスエーデンの研究機関に落ち着いた物理学の研究者である。メカ、機械モノに目がなく、家中にラジオ、パソコン、時計、オーディオ機器などが散乱し、リモコンなどは10個近くあるのではないだろうか。

その彼が去年の秋から体の不調を訴えることが増えてきた。主に足腰の不調で、医者に診察してもらうのだが、投薬してもらっても薬を飲まない。その薬は痛み止めで、医者も周りの人間も「服用すれば痛みが和らぎ、気分もずいぶん楽になるから。」と説得しても、ジェイは「薬は神経を鈍化させ、最終的な治療ではない。」と言い張るばかりであった。

  

ピルケースを用意し、朝昼晩、1週間分の薬をセットしておくのだが、次に様子を見に行ってもケースそのものが戸棚の中にしまわれてしまっていたり、新聞や雑誌の間に埋まっていたりで、結局のところジェイは自分から薬を服用しようとはしなかった。

スエーデンの冬は暗く長く、太陽の光を見ることがまれであるため、元気な人間であっても気分が落ち込みやすくなる。体に痛みを抱えていればなおさら神経が逆立てられ辛いだろうに、ジェイの薬に対しての不信感がなくなることは一向になかった。

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