次の病院はハサミがOK?!
次にジェイが送られた病院も大きな総合病院だった。入院した科は老人科である。コモンエリアとの間はドアで仕切られロックされた状態であるから、見舞客は外からブザーを鳴らしてスタッフにドアを開けてもらい中に入ることになる。ここでは手荷物の検査などされることはなかった。患者は個室または2人部屋を与えられ、ジェイは2人部屋に収容されていたが、2日前から相方は退院したそうである。 このエリアには前の病院のようなトレーニングルームがなく、運動不足解消のために廊下を行ったり来たりしている患者が何人もおり、特に食後はその数が多かった。廊下には書棚がいくつかあり、テーブルにはCDプレーヤーやゲームが並べられ、ピアノもある。 私が訪れた日の夕食はスウェーデンの典型的な定食で、大きなソーセージとマッシュトポテト、好みでマスタードソースをかけ、茹でた野菜が添えられている。ジュース、コーヒー、紅茶、ミルクは好きなように飲めるようになっていた。
廊下をうろうろする患者が多いせいか、はたまた狭い場所に多くの患者が収容されているからか、そして60代、70代の患者も結構いたせいか、なんとなく雰囲気は明るい。前回の病院のような緊張感がない。ジェイの髪の毛の伸びが気になったので、断られることを承知で看護婦に「ジェイの髪の毛を簡単に切ってあげたいので、ハサミを貸してもらえますか?」と言ったら、なんの躊躇もなくハサミを貸してくれたのには驚いた。初対面の私を信用しているのか、それともこの病棟の患者は自殺の恐れなしと確信しているのか。ジェイの部屋に併設されているバスルームで簡単にヘアカットをしてあげていると、向かいの部屋に住む(?)女性の患者さんが羨ましそうにのぞきに来て見ている。「ヘアカットしましょうか?」と声をかけたのだが彼女はスエーデン語が通じない様子である。見た目もラテン系っぽい雰囲気である。後でこの女性は別の患者と一緒にスペイン語でしゃべりながら食後のウオーキングをしていたので、移民だとわかった。スエーデン、特にストックホルムは移民が多い。ジェイもイギリスからの移民である。高齢になってもスエーデン語を話せるかどうかは私自身にとっても大きな問題である。
ところで後にスタッフから教えられたのだが、この病院でのステイは患者の様子をさらに分析し、高齢者施設に入る対象かどうかを決定するのが目的だと教えられた。そのための話し合いの場はジェイが入院してから10日目にもたれた。 そのミーティングに参加した夫の話によれば、参加者はジェイ、病棟の看護婦、キューレター、自治体の福祉課スタッフ、精神科医というメンバーだったそうである。ジェイの精神状態を集まったメンバーで確認するという目的で、本人に困っていることやこれまでの経緯やその日の行動などを目の前で質問し、その答えを聞く。ジェイの場合はショートメモリーがあやふやになっていることが確認されたという。ショートメモリー以外はまったく正常で、日常的な判断はできるし、金銭感覚や時事感覚も正常だという。50年当地に住んでいるとは言え、ジェイにとっては外国語であるスエーデン語もきちんと話せる。しかし、本人の希望と高齢であることから福祉課から参加したスタッフはその場で早急に入居施設の手配をする決定を下した。